マスター・オブ・タイドランド










夏だ!海だ!連休だ!!




と、いうことで。

ゴールデンウィークを利用してやってきました茨城県は大洗!!

(……冒頭の夏っていうのは嘘ですか…?)




サンサンと照りつける太陽!

無限に広がる大海原!

ああ…。海の男の血が騒ぐ!!

(注:海無し県出身&海無し県暮らしです)










……さて。

今回の主な目的地はアクアワールド・大洗。

…三年前リニューアルオープンされた伝統ある水族館である。




ここを訪れたのには理由があった。


そう。

私はどうしても「奴」に会わなけらばならなかったのだ。






……。






(シリアス口調で)

チケットを買い入場すると、私は一目散にお目あての水層へと向かった。

子供達が目を輝かせて見ている、ペンギンやイルカ、某ニモ(カクレクマノミ?) の水層なんか完全無視である。



サメのいる巨大水層。

大きなエイが泳ぐ円柱型の水層。

熱帯魚が遊ぶ南国風水層。

それらを横目に私はどんどん進む。





そして見つけたのは。

広い館内の片隅にある水層。

ニモ水層と同じフロアにあるためか、こっちにはあまり観覧者はいない。

そんなさびれた(言い過ぎ)水層に、「奴」はいた。




体長は3〜4センチくらいだろうか。

有機的なそのフォルムにあってなお、どこか機械仕掛けの印象を受ける。

身体はさすが甲殻類。いかにも固そうな殻で全身を覆っている。

そして。

特筆すべきはその右手。

左手に比べて異様に発達したそれは、自身の強さを誇示させる。





呼ばせてくれ。お前の名を。

お前の名前を呼ぶそれだけで、それが私の誇りとなろう。

さあ、呼ばせてくれ。


汝が名は………
















シオマネキ!!





<和名:シオマネキ>

<エビ目、スナガニ科>

<博多湾、有明海などに分布>

<淡水が流入する塩分濃度がやや薄い干潟に生息>

<繁殖期には河口域の泥質干潟に産卵>

<オスは片方のハサミが異様に発達>





初めてこいつの存在を知ったのは、小学一年生のときだった。


当時人気の番組であった動物がテーマの「わくわく動物ランド」。

干潟に住む生き物特集みたいなコーナーで、

誇らしげにその大きなハサミを振り回す「シオマネキ」が紹介されていた。


当時の衝撃は今でも覚えている。

ああ…なんてカッコいいんだろう…。




『これだけは誰にも負けない!!』

力いっぱい主張できる大きなハサミ。

他の部分は平凡だがこれだけは、このハサミだけはナンバー・ワン。

これが私の誇り。生きている証。

このハサミがある限り、私は私であり続ける。




小学一年生の私はそれまで感じたことのない感覚をおぼえる。

それを「劣等感」だと認識できたのはもう少し先のことであったが。



自分はこいつのように誰にでも誇れる「ハサミ」を所持していない。

それは「自分が自分である」ことを証明する術を持っていないと いうことではないか?

……。

このままではいけない。

私が生き物としてこの世に生まれた以上、 自分は自分でなければいけない。そうありたい。

……。

それなら私はどうしたらいい?

答えは出ている。

見つければいいのだ。作りだせばいいのだ。

私にしか持てない、私だけの。

大きな「ハサミ」を。

ワタシガワタシニナルタメニ。






以来、私の「ハサミ」を見つける旅は続いている。

あれから十数年経っているが、まだそれを見つけていない。

くじけそうなこともある。

「なんかどーでもいいや」とか面倒になるときもある。

しかしその度に私は、こうして水族館に足を運び、奴らの姿を焼き付ける。

「悔しかったらお前もハサミで対抗してみろ」

奴らは私を罵り、そしてまた「ハサミ」を探す気をおこしてくれる。



いつか私にも「ハサミ」を手に入れられるときが来るのだろうか?

そのときはまたここに来るだろう。

そして奴らに言ってやるんだ。

「私のハサミもすごいだろう?」ってね。















水層の前に来て十数分が過ぎていた。

当然のことながら、 その間にこの水層を見る他の客達は何回も入れ替わっている。

気がつくと、私の隣で親子連れらしき若いパパさんと小さな女の子が 水層を覗いていた。

女の子は水層のシオマネキを見て、なにやらパパさんと話している。



女の子「見て見てー。カニがいるー。」



パパさん「シオマネキっていうカニだよ。片方のハサミが大きくて かっこいいだろう?」



…………。

パパさん分かっていらっしゃる。

そーだよなーやっぱ誰が見てもかっこいいよなこいつー。

思わず隣で満足してしまう私。






女の子「私知ってるー。この前トリ◯アの泉でやってたよー。」



パパさん「ト◯ビアの泉?」






女の子「そうだよー。シオマネキっていうカニはぁ、

オスが子供を産ませる ためにメスを無理矢理自分の巣穴に連れ込んじゃうんだってー」






パパさん「…………!?」




bane「…………!?」












シオマネキ

<和名:シオマネキ>

<エビ目、スナガニ科>

<博多湾、有明海などに分布>

<淡水が流入する塩分濃度がやや薄い干潟に生息>

<オスは片方のハサミが異様に発達>

<繁殖期になると雄はハサミを振り上げ雌を誘い、 強引に巣穴へ連れ込み交尾を行う>










…………。


…………それじゃ暴漢じゃん!!










女の子「ちょっと恐いカニだよねー。 ……それよりあっちのニモ見にいこうよー。」





パパさん「…………あ、ああ……そうだね。ニモ見にいこう。」

















…………。

…………。


……私もニモ見にいこう……。


私はそそくさとその水層を後にした。














以来、私がその水層に近付くことは無かった。