十分間の攻防










授業が休講だった平日の昼間。

私は部屋でゲームをしていた。



平穏な時間。

……数分後、この部屋から「平穏」が消し飛んでいようとは、 誰が想像できたであろう?







ピンポーン。

チャイムが鳴る。


私は反射的にゲームをポーズにし、玄関へと向かった。

友達が来る予定はない。

……まあたまにアポなしでくる友達もいるが、今は平日の昼間。

新聞の勧誘とかが本命だろう。

さっさと断ってゲームゲーム。





……そもそもここで、居留守を使えばよかったのだ。





ドアを開けると、優しい感じのおじさんが立っていた。

bane「あ、こんにちは。どうかしたんですか?」

新聞の勧誘……ではない。このアパートの大家さんである。

大家さんとは毎月の家賃を直接会って 払っているので結構話をしたりする関係なのだが……。

こうやって部屋に来るのは珍しい。

大家さん「こんにちは。実はちょっとお願いがあって来たのですが。」

bane「お願い?」


大家さんの話はこうだった。

来年度入居希望の人が来るのだが、現在空き部屋が無いので見せられない。

そこで私の部屋を入居希望の人に見せてくれないか……


bane「ちらかりまくってるし無理です。」

私は即答した。

実際今の私の部屋はひどい。

ゴミは……前日捨てたのでないのだが、床には雑誌や洗濯物など が転がっており、机もプリントなどでグシャグシャ。

流しには前日の夕ごはんの洗い物が放置してあり、 とても他人様に見せられるものではない。

入居希望の人ならなおさら。

アパートの悪いイメージになってしまったら申し訳ないし。

そもそも恥ずかしすぎる。


大家さん「そこをなんとかお願いしますよ。」

bane「いや、そう言われましても。他の部屋の人に頼めばいいんじゃ ないですか?」

大家さん「他の部屋の人みんないないんですよ。本当に困ってるんです。

なんとかお願いできませんか?。」


大家さんは本当に困っている様子だった。

……ここで意地になって断ることもできるが、 今後もこの人とつき合っていく以上、関係の悪化になるようなことは 極力避けたい。

部屋を片付ければ済むことだし、仕方ないか……

bane「……仕方ないですね。」

大家さん「ありがとうございます。助かります。」

大家さんは心底感謝している様子で、頭を下げた。





そして。

問題の言葉を吐いたのだった。





大家さん「それでは十分後に入居希望の方をお連れしますので。」





十分後ってそんな早くですか!?

もう少し時間に余裕があるものかと……

っていうか十分じゃ部屋片付かん。

大家さん「よろしくお願いしますね。」

私の内心をよそにさっさと戻って行く大家さん。







戦いが始まった。







どーしようこれ(涙)


部屋に戻り途方に暮れる。



前述の通り私の部屋はちらかりまくっていた。

床に転がる雑誌類と洗濯物。

机にはプリント類が散乱。

流しには洗っていない食器類。

何度も言うが、とても他人様に見せられる状態ではない。



思考をめぐらせる。

なんとか……なんとか十分間でこれを片付けなければ……。


床の雑誌類と机のプリント類なら短時間で片付けが可能か。

紙袋にでも入れて部屋のスミにでも置いておけば目立たないだろう。

洗濯物はまとめてクローゼットにでも押し込んで……。



時間が惜しい。

とりあえず思い付いた方針から行動に移す。

クローゼットから紙袋を取り出し、まずは雑誌類を詰め込んでいく。

この間にも当然頭はフル回転。



よし。このペースなら床と机の整理は五分強くらいで終了できる。

掃除機の時間はさすがにないから仕上げはホウキだな。

問題は流しの食器類をどうするかだが……。



机の上のプリント類を紙袋に押し込み、部屋のスミへ。

続いて洗濯物を片付けにかかる。

適当に洗濯物をつかみ、クローゼットを開ける。



………………。



ここで。

私は気付いてしまったのだ。

そう。私は気付いてしまったのだ。







クローゼットの中見せる可能性あるじゃん。





収納スペースは部屋決めでも重要なポイント。

クローゼットの広さを確認してもらう場面があるかもしれない。

クローゼットを開けた途端、洗濯物の山とかいう 慌てて片付けたの丸出しな展開は当然避けなければならない。


クローゼットが使えない。

この洗濯物どーしよー。他に隠す所ないんですけど。

……っていうか食器類のメドもまだたってないじゃん。



マズイ。本格的にマズイ。

制限時間は残り五分弱。どうみても足りない。

八方塞がり。四面楚歌。

トビ寸の北家オーラス。詰み将棋。


どーしろというのだ。この状況。








時計の針が容赦なく時を刻む。
















ピンポーン。


大家さんが去ってジャスト十分。

再び鳴ったチャイムに、私は笑顔でドアを開ける。


大家さん「入居希望者の方をおつれしました。」

大屋さんの後ろにはマジメ系の女の子と、母親と思われる女性。


bane「ちらかってて申し訳ないんですが、どうぞ。」


私はできうる限り愛想のいい感じで三人を部屋の中へ促した。






玄関入ってすぐの流し台は片付いていた。

奥の部屋も(男の一人暮しにしては)きれいに整頓されている。


大家さんが入居希望者さんの二人にガス設備の話や収納スペースの 話なんかをしている。

大家さん「クローゼットを見ても大丈夫ですか?」

bane「はい。どうぞ。」

大家さんはクローゼットを開け二人に広さを見せた。

……当然洗濯物の山なんて入っていない。





部屋見せは問題無く終了した。

大家さんと入居希望者さんの二人はお礼を言い、部屋を去って行った。











フフフ……

フハハハハハハハッ!!



乗り切ったぁぁぁぁぁ!!

乗り切ってやったぜこのヤマ!!

内心ヒヤヒヤだったー。




あの五分弱の時間で私は未洗いの食器とクローゼットに隠せない 洗濯物を見事に見える場所から消していた。

我ながらよく思いついたと思う。



まず食器類。

これはちょっと汚いが濡れたまま白のポリ袋に詰めて密封。

台所の流しの下の収納スペース奥へ押し込んだ。

クローゼットの中は見られる可能性大だが、こんな所までは さすがに開けないだろうという読み。

もし開けられたとしても奥のポリ袋(しかも白で中が見えない) は目立たないし。

実際読み通りここは開けられなかった。



問題の洗濯物。

これは本当にギリギリだった。

食器と同じくポリ袋で流しの下案があったが、 さすがに大きくなってしまい万が一開けられた場合 目立ちまくってしまうため却下。

もういいかげん大家さんが来てしまうというときに、いい案を閃いた。


木を隠すには森の中。


……とはちょっとニュアンス違うけど。

そう。洗濯物は洗濯機の中に押し込んでしまえばいいのだ。

量が結構あったのでそのまま洗濯は不可能だったが、 押し込んでフタをしてしまえばむろん完全隠蔽。

なおかつ洗濯機の中なら部屋見学でも開けられる心配はない。

私のアパートは洗濯機を玄関前に置いておくタイプなので、 後は作業中に訪問されるかどうかの勝負だった。

もちろんこの勝負も勝利。そもそも洗濯物詰め込むのに 時間なんて必要ないし。

部屋の中をホウキで掃く時間もなんとか調達できた。






こうして私の十分間の攻防はなんとか勝利で幕を閉じた。

















二日後。土曜日。

昼前から後輩の車で部活へ行く予定の私は、 時間潰しのため部屋でまたゲームをしていた。



平穏な時間。

私はこの時間が本当に好きだ。





ピンポーン。


チャイムが鳴る。


私は反射的にゲームをポーズにし、玄関へと向かった。




既視感。(デジャビュ)



後輩が車で迎えに来る時間には一時間以上あるし、 そもそも後輩はいつも電話で知らせてくれる。

……たまにアポなしでくる友達もいるが、今は土曜の午前中。

今度こそ新聞の勧誘だろう。

さっさと断ってゲームゲーム。





ドアを開けると、大家さんが立っていた。

二日前の事がよぎる。


bane「こんにちは。またどうかしたんですか?」

大家さん「こんにちは。先日は無理言ってすいませんでした。」

まったくである。

でもまあこれも付き合いとゆうやつだから仕方ない。

大家さん「これ、お礼と言ってはなんですが食べてください。」

大家さんが差し出したのは箱に入った桃二つ。

bane「……なんか逆に気を使わせてしまったみたいで。」

大家さん「いえいえ。本当に助かりましたので。もらってください。」

bane「それじゃあ遠慮なく……。」


その後大家さんは5分ほど世間話をして帰っていった。



桃の箱を持って私は部屋に戻る。

これはちょっとうれしかった。

桃なんて高いもの貧乏学生の私は買えないし。

これはあの戦いに見合う報酬になった。


お腹も空いてるし、後輩が迎えにくるまで時間もある。

さっそく食べよー。

流しの横にまな板と包丁を用意し、作業に取り掛かる。

リンゴの要領で皮剥き、食べやすい大きさにカット。

部活終わってからも食べるように、二個とも剥いてしまう。

皿に盛りつけ完成。早速試食。







なにこれマズい。



ありえない。

全然甘くないし、食感も悪い。

なんというか、スジが通ってて固いシンの部分を食べた感じ。

偶然切った中でそんな部分を食べてしまったのかと思い、 もう二、三切れ食べてみるが、やっぱり同じ味。


全体が普通の桃のシンの部分の味って一体……?

こんな桃食べたことがない。


食べ物を粗末にしたくないのでもちろん完食したが、正直きつかった。





大家さんは不味いと分かってる桃を 他人にあげるような人ではない(と思う)ので、 後日ちゃんと「おいしかったです」と お礼を言っておいた。

きっと買ってくれた桃がたまたま悪い桃だったのだろう。

そのとき結局あの入居希望者に断られたことも聞いた。

……ひょっとして私のせい?




なんか色々微妙な一件だった。

これからはアポなしチャイムは全無視にするかな。 (それもどうかと)