The Ophthalmology








「そもそも何故あの湯川英樹秀樹博士が没されたかと 言いますと……」





……。





あああああ俺こんなところでなんで こんな話聞いてるんだろう?

なおもよく分からん事を話し続けるその人物を前に、私は完全に混乱 しまくっていたのだった。











……事の発端は約一時間前にさかのぼる。


2004年11月。

空気が乾燥するこの時期。

目が痒くて擦りすぎて腫れてしまい、これはいけないと 学務に近所の眼科を紹介してもらい、その日のうちに行くことになった。







下宿先から自転車で十分の場所にあるその眼科は、閑散としていて 診察に来ている患者さんも少なかった。



……まあ患者の少なさに関しては、この医院の主治医が名医で 大抵の患者を再診の必要なく治してしまう、という場合があるので あまり気にならないが。

……もちろんヤブで有名でみんな来ないって場合もあるけど(笑)。

前者であることを願いつつ、私は初診の受付をした。











「baneさーん。診察室にどうぞ♪」


患者さんの少なさのせいか、五分ほどで奥の診察室に呼ばれる。

……ってなんかすっごいカワイイ声で呼ばれたんですけど……。


……これはパターンを期待していいのか……??


バカな想像を描きながら(笑)診察室に入ると、白衣のおねーさんが笑顔で 立っていた。




20代中盤、身長は165cmくらいだろうか。

肩までの黒い髪はストレートのパーマがかかっている。

小さい顔にパッチリとした目。

小さめの唇ははっきりとした、それでいて主張しすぎない淡い桃色。






……はっきり言おう。

かなりの美人。



おっしゃぁぁぁぁ!!当たりげっとぉぉぉぉ!!(意味不明)







テンションが上がりまくる(大バカ)私をよそに、おねーさんはさっきの カワイイ声を紡ぐ。

おねーさん「診察の前に、視力を計りますね♪」

そう言って私を床に書かれているラインに誘導し、視力検査の板を操作する。






おねーさん「じゃあ右目からいきますよ♪ これは分かります?」

bane「右。」

おねーさん「じゃあこれは?」

bane「上。」

おねーさん「じゃあこれは?」

bane「あー…分からないです。」

おねーさん「そうですか…ちょっと視力悪いですねぇ。」





……。





……なんかすげー照れるんですけど。


今日来てよかったなぁ(悦)。









左右の視力を計り終え、おねーさんはなにやらカルテに書き込むと、

おねーさん「はい。視力検査終了です♪ それでは診察をいたしますのでそちらにどうぞ♪」

と言ってパーティションで区切られた部屋の反対側に私を促す。




……よーしこの調子でいろいろ診察してもらうぞー!!(超巨大バカ)






しかし。



(やっぱり)人生そんなに甘いものではなかった。







パーティションの反対側に移動すると、そこには白衣を着た初老のおじさんが!!



……嫌な予感。



おねーさんはそのおじさんにカルテを手渡しながら、

おねーさん「では先生。診察お願いします♪」







……。



おめーが主治医かよ!!(勝手な発言)






……まあ考えてみればおねーさんみたいな若い人が開業医なんてやってないか。

そもそも主治医自ら視力検査なんてやるわけないし。

主治医は他にいておねーさんは助手みたいな立場と考えるのが自然だったな (早く気付け)。





……それにしてもこの先生(一応診察してもらうのでおじさんとは呼べない)、 いくらパーティションで区切られているとはいえ、同じ部屋にいて全く気配 感じなかったんですけど。


……おぬし、ただ者ではないな!?(意味不明)










そんなこんなで、いよいよ診察が始まった。


私が現在の症状(痒みがひどくて擦ったら腫れてしまったこと)を説明。

すると先生は神妙な面持ちで網膜を見る機械(なのかな?)で 私の眼球を調べ、その後にペンライトで直に目を覗き込む。


おねーさんから渡されたカルテを吟味して、そこになにやら書き込む。







そして私に向かって一言。






先生「ズバリ花粉症です。」









……。






ええっと……。

なんか安直すぎて反応に困るんですけど……。





bane「はあ……。」

歯切れの悪い返事を返す私に、先生は言葉を重ねる。

先生「現代人は花粉などの外的刺激に非常に敏感 になってきています。 空気中の少量の花粉に触れたことによって痒みが起こり、 それを擦ってしまい腫れを引き起こした、ということです。 厳密に言えば目ではなく、その周りの皮膚の症状です。」





……おお!!

一転してもっともらしい(失礼)説明。

なるほどー。



bane「なるほどそうですか。……それで自分、どうしたら いいですかね?」

先生「擦らないことが一番ですが、痒み を抑えるためには投薬では根本の解決にはなりません。日々の食生活、 生活リズムなどを整え、本質的な体質改善が必要となります。」


うーむ。生活習慣かぁ。

そーいえば四年になってから時間自由に使えるんで 生活リズム乱れまくりだったなぁ。





的を得た意見に思わず聞き入ってしまった私に、先生はさらに言葉を続ける。

先生「現代社会では特に食生活の乱れが横行してますね。 ハンバーガーや牛丼などのファーストフード。焼き肉や フライドチキン。これらの動物性たんぱく質の食物はもともと欧州人が食べていた ものです。」


……確かに。

日本人の食生活の欧州化はなにかと話題になっている。


先生「そもそも日本人は古来より農工民族として 生活してきました。体質的に動物性たんぱく質の食物はあまり接種しなくても いいようにできているんです。しかし開国、そして戦後になって急激に欧州の文化を 取り入れ始め、食生活も元来の農工食ではなく、欧州の狩猟民族のもの になってしまいました。これでは日本人の体質に悪影響があるのは当然です。」


……はあ。

言ってることは分かりますが……。

なんかちょっとづつ主旨ずれてません?


先生「これは完全に政府の責任です。 各国の進歩、発展に必死に追いつこうとする余り、文化吸収の 方向性を安易に決定してしまいました。結果国民は体質的に受け付けないものを 食文化として受け入れなければならなくなり、現代のような生活習慣病 や数々のアレルギー体質が産まれてしまったのです。 当時の総理大臣伊藤博文や黒田清隆は……」





いやあの。

私の目の症状に関することだけでいいですから。


……つーか長げーよ。(ボソッ)



こちらとしては改善案を聞いたら目薬でも処方してもらってさっさと 帰りたいんだけど……。









……そんなこちらの思いを無視しつつ、先生の話は主旨を徐々にはずしながら 延々と続くのであった。






















十五分後。


先生「そもそも何故あの湯川英樹秀樹博士が没されたかと 言いますと……」





どひぃぃ!!もうかんべんしてくれー!!

尚も続く先生の特別講義に、私は完全に混乱しまくっていた。




これが学校の講義なら、話がつまらなくなってきたら寝るなり違う勉強するなり できるのだが……。

いかんせん目と目を合わせたマンツーマン授業。

真剣に聞いてるそぶりを見せる他に道はない。


bane「はい。」

bane「はい。」

bane「ああそうですね。」

相づちを打つのも精神的になかなか厳しくなってきている。






そもそも患者一人にこんな時間かけて大丈夫なのか!?

患者少ないっていっても私の後にも1、2人患者いたぞ。

ちったぁ考えろよ頭のいいお医者さんよぉ(暴言)。







もーやだよー帰りたいよー(涙)。








……ここで私はあることを思い出す。


自分には見方になってくれそうな人がいるではないか!!



私はそばに立っているさっきのおねーさんに救いを乞う目線を送った。





……。










つーか食い入るように真剣に話聞いてるし!!







おーいマジですかーねーちゃん。


最後の望みも断たれた私。






……それにしてもこの状況。



訳の分からん話を延々と続ける医者。

真面目に聞かなくちゃならない患者。

それを真剣に見守る助手(美人)



……。






志村○んがやりそうなコントだな(核心)






















……更に十分が経過し……。


先生「それでは目薬をだしておきます。お大事にどうぞ。 」

baen「はい。お世話さまでした。」




おっしゃぁぁ!!ようやく解放!!

長かったよー(涙)。

そそくさと部屋を出る私。


時計を見ると診察室に入ってから視力検査の時間も合わせ、ゆうに三十分以上 経っている。




……診察待ちの患者、5、6人に増えてるし……。








その五分後、会計のために呼ばれる。


会計のおばちゃん「 今回は目薬が処方されています。副作用のない薬なので一時間おきくらいに 点眼してください。」

bane「はい。分かりました。」

差し出された目薬を受け取る。

おばちゃん「それはそうと、おにいちゃん。 あなた、○大の学生ね?」

bane「……?……そうですけど。」

おばちゃん「うちの先生、どうでした?」



……。

いや、どうとか聞かれても。

bane「……えーとまあ、面白い先生でしたね。」


適当にお茶を濁す私におばちゃんは申し訳なさそうな表情で、

おばちゃん「ごめんなさいねぇ。うちの先生、 もともとあなたの大学の校医をやっていましてね。たまに特別に講義を 頼まれて、人に何か教えるのが楽しかったらしいんですよ。 それでこっちに開業してからも、大学生風の人が患者さんで来ると つい色々語ってしまうんですよ。」








……。


この年代みんなに長話やってたんかい!!




まあ気持は分からなくもないが、聞く立場からすれば迷惑な話である。


bane「……はあ。でも色々ためになりましたから。」

心にも思わないことが口にでるあたり、私も弱気である。

おばちゃん「そう言ってもらえると先生も喜びますよ。 ……さてお会計ね。」

おばちゃんはレジをうち、

おばちゃん「目薬代も込みで、2280円ね。 ……あ、でもおにいちゃん真面目そうだから、2000円でいいですよ。」







……。



いいのか?医療費勝手に割引して?

……まあこちらは助かるけど。

bane「それはありがとうございます。」

私は代金を支払い、

bane「それではお世話様でした」

おばちゃん「お大事にどうぞ。」

病院を後にした。








……なんか最後まで変な眼科だったな。























もらった目薬を言われたとおり一時間置きにつけていたら、 次の日の朝には腫れがほとんど引いていた。


……変な癖はともかく、ヤブ医者ではなかったらしい。

みなさん、綺麗なおねーさんと長い話の主治医と割引してくれるおばちゃんに 会いたくなったらこの眼科をオススメします!!